第300回 鳥の渡りと生物多様性の保全

樋口広芳 (慶應義塾大学政策・メディア研究科)

鳥たちは「旅」をする。私たち人間も、旅をする。人の旅は、楽しみの旅であり、仕事の旅である。鳥の旅は、雪と氷に閉ざされる世界から逃れる旅、あるいは、より多くの食物を求めての旅。いずれにしても生活をかけた旅である。そこには、楽しみといった要素はないように思われる。

旅には目的地があり、戻ってくる場所がある。この点は鳥も人も同じである。しかし、鳥たちは、その生活をかけた旅、渡りを毎年毎年、決まった季節に繰り返す。ある鳥はシベリアと日本の間を、別の鳥は東南アジアと日本の間を、また別の鳥は日本を経由してシベリアとオーストラリアの間を行き来する。そうした長旅を、何百万、何千万もの鳥たちが行なっている。鳥の旅は、まさに地球規模での季節的な大移動なのである。

なぜ鳥たちは、そんな長い距離を毎年移動するのだろうか。どこをどう通って目的地に着くのだろうか。春の旅と秋の旅で移動する経路は違うのだろうか。鳥によって目的地や経路が違うのはなぜなのだろうか。移動の経路をどうやって見つけ、目的地に到達するのだろうか。

鳥の旅、渡りは、私たち人間に大きなロマンを感じさせるとともに、いろいろな疑問を抱かせる。鳥の渡りの研究は長い歴史をもっているが、具体的な渡りの様子が解明されるようになったのは、比較的最近のことである。渡りの経路などをめぐる研究が飛躍的に進んだのは、科学技術の進歩のおかげである。とくに、人工衛星を利用した渡りの追跡が可能になって以来である。衛星を利用した追跡研究によって、今では鳥の渡りの様子が手にとるようにわかる。しかも、鳥たちが移動している時間からそう遅れることなく、地図上であとをついていくことができる。

私は20年ほどの間、衛星を利用した渡り鳥の追跡研究にたずさわってきた。それは感動の15年であり、興奮の連続の毎日だった。渡りの謎はわかればわかるほど興味深く、また奥の深いものだった。学問の常識では理解できないことがらも、数多く見つかった。

本講演で私は、これまでの研究の成果を3つの角度から紹介したい。一つは、旅そのものを紹介することである。ここでは、いくつかの鳥を対象に、彼らがどこからどこへ、どのような道をたどって旅をするのかについてのべていく。日本から北上する鳥、日本へやってくる鳥、日本の国内を旅する鳥、ヒマラヤを越える鳥、東南アジアを歴訪する鳥などが紹介される。

二つ目は、旅のあり方を探ることである。大人と子供の鳥の旅の違い、親子の別れ、旅の失敗事例、迂回経路をとる理由などについてのべることになる。三つ目は、渡り鳥の保全にかかわることである。長い旅をする鳥たちは、近年、減少傾向が著しい。どんな鳥がいつ頃から減ってきたのか、減少の原因は何なのか、研究は対象種の保全にどのように役に立ってきたのか、などについてのべる。朝鮮半島の非武装地帯が、渡り鳥をはじめとした野生の生きものの保全上、重要な役割を果たしていることも紹介する予定である。

渡り鳥は文字通り、世界の自然をつなぐ旅をしている。皆さんも、この講演の中でそうした旅を実感していただければ幸いである。

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